中庸とは、動き変化し続けるもの
こんにちは。東京都江東区で行政書士をしている正岡です。
今回気になった言葉はこちら。
要約すると、中庸とは一点で固定されるようなもの」を指すわけではなくて、
もっと広い、相対的な概念だということ。
元ネタはこちらの記事です。
若林理砂さんは鍼灸師で、私は一時期若林理砂さんのメルマガを購読していたことがある。
鍼灸師だけれども(鍼灸師だからこそなのか?)鍼灸のことだけではなくて、食事や体の動かし方や生活全般について、自分のできることを教えてくれる。
メルマガでは、私が購読していた時は季節に合わせた食べ物とか、風邪の時に飲むべき漢方のフローチャートを教えてもらったし、舌の様子で健康状態を確認する方法などを教えてもらったような気がする。
(体がつらいとか不調の人は若林さんのメルマガを購読したらいいと思います。お勧めです。私は元気になってきたので購読を止めてしまいましたが。若林さんの写真を見ると、肌がむちゃくちゃキレイで、若くて、ちゃんと養生ができていることはこういうことなのか、って思いますよ。笑)
さて話は中庸に戻ります。
私も、この文章を読むまで、中庸とは「点」のようなものだと思っていた。
そうではないんですね。考えてみたら周りの状況は常に変わっていくわけで。一番わかりやすいのは季節だろう。春、夏、秋、冬と周りの状況は変わっていくから、中庸をめざすにはそれに合わせて自分も変わっていかないといけない。
つまり、
だから周りの状況がどうなっているのかを把握すること(外面要因)
自分の内面を外面に合わせて変化させていくこと(内面要因)
の2つのバランスが釣り合って初めて中庸はなりたつのかもしれない。
外面要因と内面要因は常に変化し続けるから、
私たちに必要なのは自分自身を「固定すること」ではなくて、自分自身を外面要因の変化に合わせて常に自分自身を「細かく微調整して最適なポイントを探し続けること」
なのかもしれない。
それは常に周りや自分自身を観察し、自分を変化させることを要求するから、
簡単なことではないと思う。
でもせっかくだから、できるだけ中庸を目指していきたいと思う。
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